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高松高等裁判所 昭和27年(う)644号 判決 1953年4月08日

控訴人 被告人 新庄弥市 外一名

弁護人 兵頭吉太郎 外三名

検察官 大北正顕

主文

被告人新庄弥市の控訴を棄却する。

原判決中被告人加藤正雪に対する有罪部分を破棄する。

被告人加藤を懲役八月に処する。

但しこの判決確定の日から参年間右刑の執行を猶予する。

被告人加藤に対し原審における訴訟費用は同被告人及び同新庄弥市、いずれも原審相被告人である滝口万市、向井春太郎、寺岡喜代美の連帯負担とする。

理由

被告人新庄弥市の弁護人兵頭吉太郎、同岡林靖、同武田博及び被告人加藤正雪の弁護人三好真一の各控訴趣意はそれぞれ別紙に記載の通りである。

本件記録を精査し総べての証拠を検討するに

第一被告人新庄弥市の弁護人兵頭吉太郎の控訴趣意について

一、原判決挙示の証拠により

被告人加藤正雪、木下溜等は共謀して外国である沖縄方面に木材を密輸出し、同方面より鉄銅屑等を密輸入しようと企て、被告人新庄弥市の所有機帆船第三祥元丸(総屯数八七屯三六)を傭船し、昭和二十六年五月上旬鹿児島県の鹿児島港、大根占港、屋久島において杉五分板二百七十石位、松杉角材二百石位を同船に積み込み、税関の免許を受けないで、出港して同月中旬南西諸島の輿論島、伊是名島、沖縄本島の安和に到り、これらの貨物を陸揚げし、更に右伊是名島で真鍮、銅、鉄、鉛屑約十噸を同船に積み、同五月三十日愛媛県北宇和郡遊子村津之浦に帰航し、税関の免許を受けないで同貨物を陸揚げしようとしたが、取締官に発見せられて未遂に終つた原判示事実、その際被告人新庄弥市はその所有の右第三祥元丸の船長として、被告人加藤正雪等が免許を受けないで同船によつて沖縄方面に木材を輸出し、同地方より鉄屑等を輸入しようとすることを知りながら、同船に乗組んで、右のように貨物の輸送をした原判示事実を認めることができる。原判決は被告人新庄弥市には本件関税法違反罪の犯意即ち被告人加藤正雪等が税関の免許を受けないで貨物を沖縄方面に輸出し、同地方より貨物を輸入することを知りながら、第三祥元丸の船主兼船長としてその貨物を同船で輸送する意思があつたことを認定した上、その輸出の点につき被告人新庄は、キリスト教会の世話で許可を受けることになつていると思い込まされていたため違法性の認識(右の行為が法の許さないものであることを意識していること)がなかつたにしても、諸般の情況上右犯意を阻却するものでないと説明(不精確な部分もある)しているのは形式理論上は正当である。しかし元来犯意の成立には違法性の認識を必要としないもの(最高裁判所昭和二四年(れ)第二二七六号同年一一月二八日第三小法廷判決参照)であるのみならず、本件の場合は証拠上原判決の言うように被告人新庄には判示輸出につき違法性の認識がなかつたのではなく、未必的ながらその違法性の認識があつたものと認めなければならないのである。

二、原判決が前示被告人新庄の関税法違反の事実を無免許輸出罪(関税法第七十六条第一項)及び無免許輸入未遂罪(同法第七十六条第二項)そのものの各幇助罪に該当するものとして法令を適用したのは正当であり、密輸出入罪の外に立つて単にその犯罪に係る貨物を輸送するに過ぎない関税法第七十六条の二の密輸貨物の運搬罪を以て律すべきものではない。

三、関税法第七十六条の犯罪行為の用に供した船舶は犯人の所有又は占有に係る場合は同法第八十三条第一項により没収すべきものであるから、原判決が右第七十六条の幇助罪を犯した被告人新庄所有の機帆船第三祥元丸を右の理由により没収したのは正当である。

論旨はいずれも理由がない。

第二被告人新庄弥市の弁護人岡林靖の控訴趣意について

一、被告人新庄の本件所為は密輸出入貨物の運搬罪(関税法第七十六条の二)を構成するものであつて、貨物密輸出入の幇助罪に当らない、との論旨について、

被告人新庄は前示認定のように、被告人加藤正雪、木下溜等がいずれも税関の免許を受けないで、鹿児島県から沖縄方面に木材を輸出し、同方面より鉄銅屑等を輸入しようとすることを知りながら、被告人所有の機帆船第三祥元丸に船長として右加藤等と共に乗組んで、それぞれその貨物を輸出入するため同船で輸送したのであるから、少くとも被告人加藤等の右違反行為の幇助犯が成立するものと認めざるを得ないのであつて、被告人加藤等の右犯行が関税法第七十六条第一項の無免許輸出罪及び同条第二項の無免許輸入未遂罪に該当する以上、被告人新庄のそれらの罪の幇助の成立することは、前示兵頭弁護人の論旨につき説示した通りであり、いわゆる事後従犯に属するものと解せられる関税法第七十六条の二の密輸出入に係る貨物の運搬罪を以て律する余地はないのである。論旨はいずれも被告人新庄の本件関税法違反の行為が同法第七十六条の幇助罪に該当するものでないと強弁するものであつて採用し難い。

二、関税法第八十三条の船舶の没収に関する規定は、同法第七十四条、第七十五条、第七十六条の犯罪の供用船をその犯人から没収する規定であり、これらの罪の幇助犯はこれらの罪そのものではないから、その幇助犯人からそれらの供用船を没収することはできない、と言うのであるが、関税法第八十三条の「第七十四条、第七十五条若は第七十六条の犯罪行為の用に供したる船舶にして犯人の所有又は占有に係るものは之を没収す」とあるその犯人とは、それらの犯罪の実行正犯のみならず単にその幇助行為をした幇助犯人をも含むものと解すべきもの(大審院大正一三、六、二五判決参照)であるから、論旨は理由がない。

三、本件第三祥元丸については商工組合中央金庫が五七五万円の債務のために担保権を有しているから、いわゆる没収不能の場合であり、かゝる場合にも没収し得るとなすは憲法(第二十九条その他)違反であると言うのであるが、

没収は物に対する所有権その他一切の物権を失わせて、これを国庫に帰属させる刑事処分であり、これによつて国庫はその物に対する権利を原始的に取得するのである。没収によつてその物の担保権者が不利益を蒙ることあるも止むを得ないところであり、かゝる場合にもその没収の判決が憲法第二十九条に違反するものでないことは、ある被告人に実刑を科することによつてその家族が生活困難に陥るとしても、その判決は憲法第二十五条に違反するものでない(最高裁判所昭和二二年(れ)第一〇五号同二三年四月七日大法廷判決参照)のと同様である。

四、本件の場合は関税法第八十三条第一項により被告人新庄弥市所有の機帆船第三祥元丸(総屯数八七屯三六)を没収しなければならないこと、先に兵頭弁護人の論旨につき説示した通りであるから、同条によつて没収すべきでないことを前提とする論旨は理由がない。

第三被告人新庄の弁護人武田博の控訴趣意について

一、原判決には犯意を阻却し犯罪を構成しない被告人新庄の行為を犯罪と認定した違法があるとの点について

被告人新庄が、被告人加藤、木下等が何等の許可免許等を受けないで鹿児島県から沖縄方面に木材を輸出し、同方面より金属屑を輸入しようとすることを知りながら、被告人新庄所有の機帆船第三祥元丸に船長として同人等と共に乗り組んで、それらの輸送に当つたものであること、その行為につき被告人新庄が違法性の認識を有していたと認められることは、前示第一において説示した通りであり、被告人新庄には本件犯罪の構成要件に該当すべき事実につき錯誤があつたとは認められないから、論旨は理由がない。

二、本件第三祥元丸については債権者商工中央金庫が担保権を有しているから没収することができない場合であり、これを没収した原判決は違法であり、憲法第二十九条にも違反していると言うのであるが、その違法でないことは前示第二の岡林弁護人の論旨につき解明した通りである。

第四被告人加藤正雪の弁護人三好真一の控訴趣意について

論旨は原審の被告人加藤に対する刑は過重であると言うのである。同被告人の本件関税法違反行為は前示第一に示す通りであるが、記録に現れている諸般の情状を考慮するに、被告人加藤には約十九年乃至三十年前に銃砲火薬類取締法施行規則違反、恐喝未遂等で三回にわたり軽きは懲役六月重きは二年六月に処せられた前歴があるにしても、同被告人を懲役八月に処しその執行を猶予しなかつた原審の量刑は過重と認められるのである。

よつて被告人新庄弥市に対しては刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却し、被告人加藤正雪に対しては刑事訴訟法第三百八十一条第三百九十七条により原判決中有罪部分を破棄し、同法第四百条但し書きの規定に従い当裁判所は判決する。

被告人加藤の罪となるべき事実及びこれを認める証拠は原判決の示す通りである。

(被告人加藤正雪の所為に対する法令の適用)

判示木材を無免許にて輸出した点につき関税法第七十六条第一項刑法第六十条、判示無免許にて金属屑を輸入しようとして未遂に終つた点につき関税法第七十六条第二項第一項刑法第六十条。いずれも懲役刑選択。

刑法第四十五条前段第四十七条第十条第二十五条。刑事訴訟法第百八十一条第一項。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)

被告人新庄弥市の弁護人兵頭吉太郎の控訴趣意

一、原判決には擬律錯誤の違法がある。

当弁護人は原審に於て被告人新庄弥市以下第三祥元丸の乗組員である被告人等は木下溜、加藤正雪等所謂荷主の沖縄貿易に就て其の筋の許可を得たりとの言を信じ、敢て三十度線を超えたのであり、被告人新庄弥市以下の供述調書に其の旨の供述記載がある。然るに是に対する何等の反証は捜査されて居ないのであるから、被告人の右供述は真実なりとせねばならぬ。何故なら犯罪の成立を阻却する事実に付被告人の側から主張があつた限りは、是に対する反証なくして無下に之を排斥し去るは、如何に採証は裁判官の自由心証に依るとは謂へ、恣意の裁判であつて違法であると主張したのである。

原判決は此の主張に対し原判決書第七枚目表六行目以下八枚目表第十二行目迄に於て説明を加へて居るのであるが、此の説示は何人も首肯し得ざる底のものである。

原判決は説示して言う、税関の免許がなくても加藤等の言の如き証明が得られれば沖縄方面との貨物の交渉も違法でないと誤認していたことはこれを認めるに吝でない。而して加藤、木下等に於て木材の輸出が違法でないと誤信せしめる様に意図していたことはうかがはれると、則ち原判決は加藤、木下等の言動に依り被告人新庄弥市は沖縄貿易に付許可ありたるものと信じて居たと認定しながら、その誤認は過失に依る誤認であるから違法性の認識を欠くものとは為し難いと為すのであるが、違法性の認識を欠く以上被告人新庄弥市は無罪でなければならぬ。それが過失に依るものであつても結論に差異あるべきでないことは論を俟たない。

しかのみならず被告人新庄弥市が木下、加藤等の言動に信頼したことは必ずしもその過失とは為し難い、蓋し被告人新庄弥市は教養乏しき一船乗に過ぎない。如何なる手続に依り如何なる機関から沖縄貿易が許可せられるか等に就ては全く無知である。荷主であり被告人等に比して遥に知識ありと見ゆる木下溜、加藤正雪の言に信を措いたとしても必ずしも原判決に言う如く軽卒であり重過失があるとは言へないのである。

原判決が被告人新庄弥市が違法性の認識を欠いだと認定したのは至当であり原判決挙示の各証拠からすればかく認定されるのは当然であるが既に然る以上は無罪の判決あるべきに拘らず有罪の判決を下されたのは違法である。原判決を破毀し無罪の判決を下され度い。

二、原判決は被告人新庄弥市の所為に対し関税法第七十六条第一項刑法第六十二条を適用処断せられて居るが是は明かに擬律錯誤であると信ずる。抑々関税法違反罪は通関手続を経ずして貨物の密輸出入することに依て成立することは判例の示す処である。従て通関手続を経るべき義務ある者にして関税法違反の罪を犯し得るものとせねばならないのであるが、通関手続を経るべきものが所謂荷主である加藤正雪、木下溜であり、被告人新庄弥市でないことは多言を俟たないのである。被告人新庄弥市は愛媛機帆船株式会社に第三祥元丸をチヤーターし加藤正雪の命に従い貨物の輸送に当るべきことを要求せられて居るのである。固より特別の規定がなければ原判決の通り加藤正雪の密輸行為を幇助したりと認定することも一応首肯されるのであるが、関税法には此の点に付特別の規定がある。則ち不法輸送罪に関する規定がそれであつて被告人新庄弥市の所為は正に不法輸送罪に問擬さるべきものと信ずる。

三、原判決はその刑重きに失する違法がある。勿論主刑に就ては被告人新庄弥市に不服はないのであるが、附加刑たる第三祥元丸の没収は余りにも残酷の刑であると言はねばならない。

原審検証の結果に依つても明かな通り、第三祥元丸は極めて優秀な機帆船であつて、時価弐百万円を下らないものである。被告人は自己は勿論近親の資力を挙げて第三祥元丸に投資し自己の家族は勿論近親の生活をも維持したのであつて第三祥元丸は正に被告人新庄弥市及びその近親の生命線であるのである。是を没収して、その生命線を断つは極めて残酷と謂はねばならぬ。

若し前段主張する通り、被告人新庄弥市の所為が不法輸送罪に問擬さるべきものであるとすれば、没収は刑法第十九条に依り為さるべきものとなるが同法条の没収は之を為すか否かは裁判所の自由裁量であり結局刑の量定の問題に帰するのである。若し然らば被告人新庄弥市の本件犯罪に対する量刑として第三祥元丸没収の附加刑を量定することが妥当でないことは何人も首肯する筈のものである。

若し関税法違反幇助に問擬した原判決が正しいとするならば問題は稍困難となるが、関税法に規定する没収が裁判官を義務付ける趣旨のものであると解することが妥当であるかは尚疑問とせねばならぬ。刑罰法令の基本である刑法の第十九条が没収を以て刑の量定の問題とし裁判官の自由裁量に任じて居るに拘らず、関税法第八十三条を以て命令規定なりと解釈すべき合理的根拠があるであろうか、同法条の船舶も犯罪供用物件に他ならないのであつて刑法第十九条第一項第一号に該当する物件に相当するのであるから、是を没収すると否とは裁判官の自由裁量に任せられたものと解することを妥当と信ずる。情状の如何を問はず必ず之を没収すべきことを命じたものと解釈せねばならぬ合理的根拠はない。唯関税法第八十三条が刑法第十九条あるに拘らず設けられた所以のものは、その供用物件犯罪組成物件が何人の所有に属するかを問はず没収し得ることとせんが為であると解すべきものであると信ずる。果して然らば本件犯罪の情状からするならば第三祥元丸の没収は免除さるるを以て至当なりと確信するものである。若し然らざれば、主犯と目さるべき加藤正雪に対する刑罰よりも従犯と原判決の認定した被告人新庄弥市の刑が重き結果となる。固より是は形式的な刑の軽重のことではなくて、刑に依て被告人の蒙る苦痛の軽重に立脚した実質論であり、稍法律的でない感はあるけれども実際問題を取扱う場合には、必ずしも形式論に捉はれずその実質に付て立論考慮することも許さるべきものと信ずる。

以上の点を深く御考察の上無罪の判決賜り度若し有罪を免れずとすれば第三祥元丸の没収に付御考慮を賜はらんことを。

被告人新庄弥市の弁護人岡林靖の控訴趣意

第一、原判決には判決に影響を及ぼす事実の誤認がある。

被告人の本件所為は密輸出入貨物の運搬罪(関税法第七六条の二)を構成するものであつて、貨物密輸出入の幇助罪となるものではない。

(一)関税法第七六条の二は、第七四条第七五条第七六条の犯罪に係る貨物の運搬、寄蔵云々と云い、犯罪により輸入された貨物とは云つていない。だから文言上同法第七六条の密輸出罪に係る貨物の運搬寄蔵も含まれる訳である。然るに密輸出後の当該貨物の運搬寄蔵等は外国に於て行われるものであつて、我が国法の関知する犯罪ではない(刑法第二条第三条刑法施行法第二六条第二七条)から、密輸出罪に係る貨物の運搬等が我が国法上の犯罪となるは、密輸出中の輸送迄でなければならない。即ち本件被告人のなした輸送行為の如きがそれでなければならないのである。密輸出の場合の輸送が関税法第七六条の二の運搬罪だとなれば密輸入の場合もまた同様でなければならない。

(二)原判決の様に被告人の本件所為の如きものを関税法第七六条の幇助とする見解を採ればその法定刑は密輸入品運搬罪の法定刑と均衡を失する。前者は外国との来往であるからその運搬距離は比較的に長い、又殆んど密輸出入行為そのものの成否を左右する場合が考えられる。故に抽象的にはその刑が重くなければならない筈である。勿論具体的には本件の如く情状の軽い場合がある。併じ法定刑の問題は抽象的軽重の問題なのである。

然るに前者の法定懲役刑は従犯減軽の結果常に二年六月以下の懲役刑となり懲役三年以下の後者よりも軽くなるのである。この均衡の点から見ても関税法第七六条の二がある以上、本件の如きは同条違反の運搬行為と見なければならないのである。

(三)被告人の本件所為がもし関税法第七六条の共同正犯であれば右均衡論は無価値であるが、私はそれが正犯に非ずという限りに於ては原判決と同説である。

私は同条の正犯は貨物の輸出又は輸入する意思の決定権者及び該意思決定後に参加した貨物そのもの又はその換価金に付ての直接の権利者でなければならないと思う。荷主は勿論正犯である。貨物そのもの又はその換価金の分配を要求できる権利が(そのサークル内に於ては)ある出資者も正犯である。親分的存在で荷主の意思決定を左右し得るものが右の意思を決定し参加すれば又正犯である。主導権を握つて指揮監督する者もまた正犯である。けだし意思決定の一種である意思変更をなさしめ得る地位にありと云えるからである。故に単なる資金貸与による出資者で当該貨物そのもの又はその換価金につき直接の権利を有しない者は幇助者であつて正犯ではない。対価を得て船車を貸与する者、賃金を得て輸出入行為を助ける者、いづれも正犯ではない。被告人の如く単に賃金を得て密輸出入貨物の輸送をしたものも又正犯ではない。けだし被告人は本件密輸出入の意思決定に関与せず、関与する権限資格なく、かつ貨物及びその換価金につき何等直接の権利を有しなかつたからである。既に第七六条の正犯に非ずとすれば第七六条の二該当なるべきことは前記した通りである。

なお輸送が自己の船によつた場合でも他人の船による場合と結論を異にすべき理由はない。船のみの貸与は二年六月以下の懲役、船による輸送行為にまで発展したときは懲役三年以下となり矛盾はないのである。のみならず本件の場合密輸者に船を提供したものは、被告人から之を傭船して加藤正雪に貸与した愛媛機帆船株式会社であつて被告人ではなかつた(証第一号運送契約書)。

(四)以上の解釈が没収に関し実際上の結果に於て遥かに妥当である。前段に述べた正犯は船まで没収されても固より覚悟の上と看做されてやむを得ないが、雇われて輸送する者は事情が違う。実際に於て彼等は、半ば欺かれたり半ば脅されたりその他人間心理の複雑微妙な動きに巧みに乗ぜられて結局その事に従つた場合が多い。或意味の被害者の場合も少くない。その彼等が輸送船の所有者である限り常に必然的にその船を没収されては余りに苛酷である。その情に於て正犯に準ずる場合のみ、裁量没収した方が遥かに妥当である。

第二、原判決は刑法第一九条によらないで被告人所有の船舶第三祥元丸を没収した点に於て、判決に影響なしと云えない法律適用の誤りがある。

その理由の一は前論旨に詳説した。仮に之が理由なしとしても関税法第八三条の船舶没収に関ずる規定は同法第七四条第七五条第七六条の犯罪供用船をその犯人から没収する規定である。然るに右三条の幇助犯人は刑法第六二条の適用を待つて始めて犯罪となる犯罪の犯人であつて、右三条そのものの犯人ではない。右三条の幇助犯には刑法第六三条の適用のない場合はあるが、同第六二条は常に適用される。その適用がなければ従犯は犯罪にならないのである。些か無理な解釈の様であるけれども、こうでも解釈しなければ第一の論旨が理由なしとすれば苛酷な結果は救えない。

外国の寄港地で積込まれた貨物の密輸品であることを事後に知り、泣きつかれてその後の寄港地で下ろしもせず日本に積み帰つた様な場合で、緊急避難、期待不可能性までには行かない場合、船の必然没取は余りに苛酷で何とか救いたいのである。なお本論旨が肯定されるならば船の貸与丈した従犯も救われることがある訳である。斯の如く解釈しても刑法第一九条の裁量没収はできるから悪質者を免れしむる不当は生じない。

第三、仮に右第一第二共に採るべからずとしても、本件第三祥元丸は商工組合中央金庫が五七五万円の債権につき担保物権を有する船であるから、関税法第八三条第三項に所謂没収不能の物である。かかる場合の没収は憲法第二十九条等に違反するのみならず事後に於て第三者が善意で取得した所有権が保護せられる(同条第二項)に拘らず事前から有する善意無過失の第三者の他の物権が保護せられないでは彼此均衡を失するからである。従つて追徴の挙に出でず没収した原判決は同条第三項の解釈適用を誤まつたもので、その違法は明らかに判決に影響がある。

第四、本件第三祥元丸を没収した原判決は左記理由で量刑過重である。(但し以下の所説は全て本件の没収か否かゞ刑法第一九条に従うべきものであるとの前提に立つ。)

(一)被告人の本件所為は密輸企図者の計画的欺瞞に躍らされたものである。彼等は最初から沖縄方面行を企図していたに拘らず之を秘し三〇度線以北の口之島行と称して愛媛機帆船株式会社の石原真澄、上甲保憲等を欺きよつて以て被告人を欺き出港せしめた。三〇度線以北の口之島は許可なしで行ける日本領土と信じていた。之は石原、上甲、大前雅敬等もまたそう信じていたのである。鹿児島まで行つてから更に以南の沖縄方面行を持出され、知人があつて簡易な方法で許可が得られるから行つてくれと云われ、その許可をとるためだと云い船員の氏名年令住所等を書き出さされた。そしてその許可がとれたということで鹿児島を出港したのである。ここでも又だまされて動いたのであるが、所謂証明書を見ないで動いたのが落度であつた。なお鹿児島では、既にここ迄来て居りながら決裂して帰つては約定の四十五万円の傭船料の残り三十万円が貰えなくなるという心理的な弱点にも乗ぜられたのである。そして結局この三十万円と鹿児島での契約運賃二十五万円は貰つていないからだまされて損をし骨折損に終つているのである。

(二)本件の第三祥元丸は自己の持金と親族の出資百五十万円で新造したもので時価三百万円とも称して居る。被告人の殆ど唯一の財産である。被告人は妻子養父母祖父母義弟等家族十二人を抱えこの船の運用によつて一家の生活を支えていた。この船を失えば家族はやがて路頭に迷う悲劇を招来するかも判らない。

(三)主刑は懲役七月である。この主刑に対して時価三百万円とも云われる唯一の財産を附加没収しては附加刑が余りに重きにすぎる。この附加刑あるがために本件の被告人に対する科刑は相被告人のそれに比べて比較にならぬ程重すぎているのである。

被告人新庄弥市の弁護人武田博の控訴趣意

第一原審判決には犯意を阻却し犯罪を構成しない行為を犯罪ありと認定した違法がある。之は事実の認定を誤つたものであると同時に犯意の成否に関する法の解釈を誤つたものである。

即ち本件に於て被告人新庄が当初当時外国であつた口之島(三十度以北)方面へ貨物の輸送方を愛媛県機帆船輸送株式会社より依頼を受け(判示の如く愛媛機帆船組合字和島支店を介し加藤正雪より貨物輸送の依頼を受けたものではない証第一号運送契約書参照)之を承諾しその指示に従い鹿児島港迄第三祥元丸を廻港した点に付関税法違反の責任があるか怎うかに付ては此の点に関する公訴の提起がなく(訴因に記載なし)之を論議する価値なきものであり、又本件公訴に係る事実は沖縄方面への貨物輸送の点を挙げているもので、之と前記口之島迄の貨物輸送契約とは事実上は別箇の関係に属すると見るべきであるから、此の点は本件公訴事実認定に於ては単なる事情として認めるべきものである。問題は鹿児島港で右加藤及び木下溜より北緯三十度線を越えて沖縄方面迄行つてくれ証明はとると依頼され、其後木下等の欺罔行為により真実沖縄方面と内地間の貨物輸送許可の証明がとれたものと誤信し、終に之を承諾して本件貨物の輸送に従事した被告人の行為が可罰行為であるか否かの点である。

原判決は此の点に付て弁護人の無罪の主張に対し「……弁護人も指摘する如く木下溜が呉のキリスト教会の世話で許可をとることになつたそのため教会に対し二割位の援護資金を出さねばならぬと称していたというような沖縄方面行承諾の経緯から推認すると以下の乗組員に於て税関の免許がなくても加藤等の言の如き証明が得られれば沖縄方面との貨物の交流も違法ではないと誤認していたことはこれを認めるにやぶさかでなく、亦加藤、木下等に於てその言の如き証明が得られてないにも拘らず極力これを秘匿して木材の輸出が違法のものでないと誤信せしめる様に意図していたことはうかがはれる。

と判示し乍ら之は違法性の錯誤であるとし又その錯誤は軽卒であつて社会的に見て相当なる理由ある場合とは認められず且鹿児島出港に際しかかる証明の存否を確認しなかつたことは重大なる過失でありかゝる場合何人も被告人等の如く錯誤におちいるものとは考えられず、かく信じたことについて期待可能性がない場合とも認められず、違法性阻却事由の錯誤は常に故意を阻却するものでないから、弁護人主張の如く犯意を阻却するものとは認め難いと判断している。

併し乍ら本件被告人等の錯誤は原判決の判断する様に単なる違法性の錯誤ではなく違法性の事実に関する錯誤であつて故意を阻却するものである。即ち本件は違法性を阻却する事情の存在しないのにそれが存在すると考えて行為をした場合で、事実の錯誤であり、その結果構成要件の内容たる違法の事実すなわち犯罪事実の認識がないのであるから故意がないのである。(木村亀二氏著新刑法読本二二二頁及二二三頁参照)

原審が被告人等の錯誤に付「軽卒」であるとか「社会的に相当なる理由」認められずとか「重大なる過失」ありて何人を此の地位に置いても錯誤におちいるものとは考えられず「期待可能性なし」とか言つているところは右の錯誤を事実の錯誤とは認めず法律の錯誤と認めた結果の所論であり、之を事実の錯誤であると解するならば右の諸点に付論及する迄もなく常に故意を阻却するものであることは言ふ迄もない事である。尤もその場合に於ても過失を処罰する場合なればその過失に基く責任は免れないが、過失を処罰する規定のない関税法に於ては論外である。

之を要するに原審が被告人等の行為に違法性の事実に関する錯誤を認め乍ら之を「違法性の錯誤」であるとし又「違法性阻却事由の錯誤は常に故意を阻却するものではない」として弁護人の主張を排斥したのは事実の認定を誤つたものであると同時に「錯誤」及び「犯意の成立」に関する刑法の解釈を誤つたものである。尚ほ原判決は「税関の免許の為め必要なる貨物検査もなく何等税関吏も来船してない点よりして通関手続は未了であることはこれを察知するに難くなく税関の免許がない事実についての認識はあつたものと認められる。よつて構成要件に該当すべき事実の錯誤はないのである」と判示しているが、貿易関係の貨物輸送の経験のない被告人が通関手続の何たるやを知る筈がなく鹿児島に居住してその方面に明るいと思はれる木下溜の言を信じ、只その筋から証明をとれば適法にその他の何等の手続等を要せずして沖縄へ貨物の輸送が為し得るものと信じていたものであり、被告人等の場合斯く信ずるに付相当の理由があつたものである。故に貨物検査又は税関吏の来船等の事実がなかつたことを知つていたとしても、証明があれば沖縄内地間の貨物運輸送は違法ではないと考えていたものである以上、構成要件に該当すべき事実の錯誤がないとは言えない。

此点に於ても原審の判断は誤つて居るものと信ずる。

第二原判決は証拠物件中没収すべからざるものを没収した違法がある。

即ち検察官押収に係る第三祥元丸は証第三号登記簿謄本に記載ある通り債権者商工中央金庫に対する五百七十五万円の債権担保の為共同担保として抵当権の設定があるので之を没収する時は善意の第三者である担保債権者は不測の損害を蒙る虞があるのである。

又斯かる場合にも尚没収可能であるとするならば他物権の権利者である第三者は全く自分の関知しない担保提供者の刑事々件の附加刑によつて損害を蒙ることとなり、刑罰個別性の原則に背反すると同時に財産権の保障を規定せる憲法第二十九条にも違反するものである。

然るに原審が右の事実を看過して第三祥元丸の没収を言渡したのは没収に関する法の解釈を誤り関税法第八十三条を誤つて適用したものである。

以上孰れの理由によるも原審判決は破棄を免れないと信ずる。

被告人加藤正雪の弁護人三好真一の控訴趣意

被告人に対し執行猶予を言渡さなかつた原判決は左記事由で量刑加重である。

第一原判決は木下溜と被告人加藤正雪とを正犯原審相被告人新庄弥市、滝口万市等を其の幇助者と認定しているが被告人加藤は本件の正犯ではない。

昭和二十六年四月頃加藤が銅鉄等のスクラツプ視察のため鹿児島市に赴きたる際、同市鴨池町木下産業株式会社社長木下溜から自分は木材千石位を所有し、大隅半島には持山が二十町歩位あり、屋久島にも山を持つており、今度木材を口の島に持つて行き、口の島から銅鉄屑を五十頓位持帰るのであるが、こちらには思はしい船がないので愛媛の方で其の周施をしてくれぬか、利益があれば其の壱割を提共する。傭船に付ては自分は他県人で都合が悪いから君が借主になつてくれ、又自分は今金を持合せないから傭船料も一時立替えてくれと云はれたので人のよい加藤は木下溜のため表面加藤が当事者となり、愛媛機帆船株式会社と相被告人新庄弥市所有の本件第三祥元丸に付、一航海傭船料四拾五万円で傭船契約を締結するに至つたのである。即ち

本件首謀者は木下溜であつて、加藤は其の幇助者である。此の事は

イ、利益の分配に付、本件密輸により利益があつた場合、加藤は木下溜から其の壱割を貰う約束であり、二十八度線を超えて南下するに及んで更に五分を加えたに過ぎぬ。

ロ、本件往航の際の積荷は全部木下溜と槇某のもので加藤の積荷は全然なかつた。即ち鹿児島及屋久島で積載した分は木下溜のものであり大隅の大根占で積載した分は槇某のものであつた。

ハ、荷物の処分は全部荷主たる木下及び槇に於て之をなし、加藤は其の手伝をしたに過ぎない事によつて明瞭である。

第二加藤は本件に於て約二十万円の損失をした。加藤は最初傭船契約の際愛媛機帆船株式会社運輸課長松原真澄に前渡金拾万円を支払い、第三祥元丸が参拾度線を超えて沖縄本島へ南下するようになつてから新庄が傭船料の割増を申出たとき五万円宛つ二回に都合拾万円を渡し総計二十万円を立替えたが、木下から参回に合計拾五万円返還を受け五万円は未回収となつており、本件が発覚したため木下は利益を得ることができなかつたので、従つて被告人加藤も何等利益の分配に預つていないのみならず、加藤は本件に関し旅費、小使等約拾五万円の費用がかかつたので結局合計約二十万円の損失を蒙つておる。

第三科刑上他の被告人と権衡を失しておる。

原判決は前示の如く被告人加藤を以て主犯となし新庄弥市其の他の被告人を以て従犯としておる。斯る認定が正当であるとしても新庄が本件の傭船契約に依つて受くる傭船料は七拾万円であり被告人加藤が木下溜から受くる報酬は最初は利益の壱割の約束であり、二十八度線を超えて南下することが明らかになつてから其の五分を加うることになつたのである。故に本件密輸に依り木下が仮に百万円の利潤を挙げたとしても加藤としては拾五万円を得るに過ぎなかつたのであるが、前記の如く加藤は本件密輸に依り木下から一銭も与えくれることなく約二十万円の損害を蒙つたのである。

然るに加藤を除く新庄弥市其の他の被告人は前科関係なき以上何れも執行猶予の恩典に浴しているのみならず本件密輸の真の主犯である木下溜は何等刑事上の訴追を受けることなく法網を免れているのである。弁護人としては検察当局が何故木下を検挙しないで本件被告人のみを検挙したのか其の理由を疑はざるを得ない。弁護人は原審に於て木下溜を証人として申請し本件密輸の全貎を明らかにせんとしたのであるが、同人は鹿児島に居り原裁判所の数回の喚問に対し出廷せず、為に相被告人に迷惑をかけるに忍びず止むを得ず証人の喚問を抛棄したのである。

所謂細鱗を納めて呑舟の魚を逸するの感なきを得ないものである。斯くの如きは刑政の目的に反し被告人をして刑に悦服せしむる所以でない。

右第壱乃至第参の事実は司法警察員の被告人加藤正雪に対する第壱回乃至第参回供述調書検事尾首健吉の被告人に対する供述調書原審公判調書の記載に徴して是を認めることができる。

第四裁判宣告の遅延による不利益

本件の起訴は昭和二十六年七月七日判決言渡は昭和二十七年六月七日で、其の間実に満拾壱ケ月を経過しておる。刑事訴訟法第一条に規定さるる此の法律は刑事事件に付公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障を全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且迅速に適用実現することを目的とするとの趣旨に副い、同年四月二十七日以前に判決の宣告があつたならば恩赦の特典に浴し得るのであつたが判決の遅れたため其の機会を失したことは被告人のため大なる不利である。此の事実は本件起訴状並判決書の日付によつて明瞭である。

第五沖縄密貿易の性格実行の危険此の種犯行の終息

敗戦の結果北緯二十九度以南の沖縄諸島は外国と看なされ、連合国の管理下に移されたが四国西南地区住民は今日尚沖縄を以て外国と思はず、国内の隣県位に思ふている実際沖縄が何れの国家の領土となるかは講和成立に至るまでは未定であつた敗戦後財界不振を極め、物資の欠乏を告げ就中砂糖の欠乏甚だしく西南地区民中には海洋の彼方沖縄列島には之等物資過剰に生産されおることに想到し、一大衝動を受けたのである。

殊に朝鮮ブーム勃発後は鉄銅等の需要が高まつたので、内地からは彼の地に欠乏せる木材野菜等を積載して往航し復航には銅鉄屑等を積み帰り、巨利を得んと企図する者が顕はれた訳である。そして此の航路に使用せられる船舶には概して小型で其の航海の前途には南海特有の突風と激浪が横たはり之と戦はねばならず船は沈没し乗組員の生命を失うことも少なくないのである。仮に風浪穏かなりとするも、海上には我が国及び連合国の警備警戒の網が厳重に張られており其の中を潜らねばならず一度其の密航を発見せられんか、彼等の労苦忽ち水泡に帰し厳重なる法の制裁を覚悟せねばならぬのである。

又以上のあらゆる危険と困難を突破して漸く密輸の目的を遂げたとしても、密輸品処分等から足がつき犯罪発覚し、当初の目的を達する者は殆んど稀なりと云はねばならぬ。併し如何なる事情が存するにせよ、国法を無視することは断じて許されないのであるが、昭和二十六年九月二日を以て我が国と連合国との間に講和条約成立し、沖縄密輸航路の足溜とされた口の島等七島が我が国に還付され、法規上正当なる沖縄貿易も容易になつたので最早前記の如き密航をなすの必要もなく従つて将来本件の如き犯罪は全然なくなるであろう。此の点一般に顕著で立証を要しない。

要するに以上各項記載の如き事由あるのみならず被告人は今や自責自戒前非を悔ひ、再犯の虞もないから教育刑の立場からは勿論応報刑の理論から云つても、実刑を科するの要なく、執行猶予の恩典を賜はるべき理由あるものと信ずる。幸に御賢察を賜りたい。

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